MY STORY — わたしの物語
Ⅰ感情を、切り離した幼少期
末っ子のわたしは、両親の喧嘩をずっと眺めていました。母はよく「出ていく」と言った。 いつ捨てられるかわからない——その怖さが、静かに根付いていきました。 学校では暴力を受け続け、いつしか「感じないことは、勝ちになる」と覚えてしまった。 痛くないふり。怖くないふり。傷ついていないふり。 それは当時のわたしにとって、確かに必要な守り方でした。
Ⅱ怒りは、爽快だった
正直に書きます。わたしはかつて、怒りに爽快感を感じていました。 一度火がつけば止まれず、相手の一番痛いところを、的確に撃ち抜いてしまう。 心臓がバクバクして、頭が冴えていく——その熱の中でだけ、わたしは「ここにいる」と感じられたのだと思います。 そして怒りをぶつけられる相手はいつも、わたしを愛してやまない人でした。
Ⅲどん底
結婚して、「今度こそ」幸せになれるはずでした。 でもわたしは怒りに任せて、彼の一番傷つくところを撃ち抜き続けた。 そしてある日、突然、別れを告げられました。 わたしの言葉が、彼の中で取り返しのつかない場所まで積もっていたことに、まったく気づいていなかったのです。
Ⅳ怒りの正体
助けを求めて辿り着いたカウンセリングの場で、気づいてしまいました。 相手が少し離れると、「やっぱり捨てられる」という幼い頃の怖さが顔を出す。 その怖さが、怒りになって爆発していた。 怒りの正体は、ずっとそれだったのです。
Ⅴ物語の、編み直し
「私は捨てられる」ではなく、「私は、自分で自分を支えられる」。 「怒らなければ守れない」ではなく、「爆発しなくても、自分を守れる」。 そうやって古い物語を見直していくうちに、大切な人を傷つける爆発は、少しずつ役割を終えていきました。
18歳になる息子は、いま、こう言ってくれます。「うちは結構仲良いもんね」と。 怒りで人間関係を壊し続けてきたわたしにとって、これが何より確かな証拠です。
Ⅵ看護師として、カウンセラーとして
看護の現場では、「今から何をするのか、なぜ必要なのか」を伝えることを徹底しました。 わからないことは、人を不安にします。でも、何が起きているのかが言葉になると、人は落ち着きを取り戻せる。 その後は企業内カウンセラーとして、不安や怒りの中にいる人のとなりで話を聴き、 もう一度自分で動き出せるところまでそばにいました。 場所は違っても、やってきたことは、ずっと同じです。
Ⅶここまで読んでくれた、あなたへ
怒りは、消えません。でも、怒りとの関係は、変えられます。 振り回される側から、怒りの声を聴ける側へ。
人は、物語を生きている。その物語は、編み直せる。 わたしが自分の人生で確かめたことを、今度は、あなたに差し出します。